​卒業設計

​朽ちていくからこそ

財部

柳澤研究室 馬場 夏月

朽ちるからこそ「もの」は存在するべきだ。

自分が設計する「まち」から都市を客観視することで」現代の時間の速さを理解し、建築の在り方を再確認できる。朽ちていったものが新しく更新されていく姿を当たり前にとらえるべきではない。情報発展していく現代の中でも自分の身近にあるものをもっと触れたり、使い古したり、利用したり、守るべきだ。それを建築、空間に落とし込むかとで人の行動が、朽ちていくものの可能性を広げていく。

​総評 柳澤 潤

yanagisawa.jpg

みなとみらい地区の高さ80 mのビル屋上に、集合する暮らし方の提案である。この作品の根底には財部さんの便利さや効率性に満たされた現代社会に対する根強い批評精神が横たわっている。ここに生まれた小さな“街” は地上と明らかに切り離されている、なぜそこまで切り離されなければならないのか、もっと地上と繋がるくらいの距離ではだめなのか、また模型を含めたプレゼンテーション全体に横切る“朽ち果てた感” はなぜ必要なのか、彼女の説明では理解できないが、このプロジェクトからのみ読み取れる“批評性” は理解できる、そのことを高く評価したい。財部さんはこれから建築家としてこうした自身の内側にあるものを言葉で説明してゆかねばならない。その建築家としての“種” みたいなものが垣間見れた瞬間であった。